「こうして夜の海を黙って眺めていると……
ずっと言えなかったことが言えるような、そんな気がしてくるものだな」
「ずいぶんもったいぶった言い回しじゃないか、おまえらしくないぞ。
わざわざ誘ったからには、何か話があるんだろ?」
「……最初に言っておく。
この話を聞き終えたらおまえは、きっとおれを海に突き落とす」
「なんだよ藪から棒に。いいから話してみろって」
「……子供の頃のことだ。
ある秋の日の夕暮れ、おれは茜色に染まった浜辺で一人きり、
ただただ波を見つめていた。
ふと背後に誰かの気配を感じ振り向くと、そこには全身ずぶ濡れの女が立ちすくみ、
青ざめた顔でおれを見つめていた」
「…………」
「女の様子にただならぬものを感じたおれは、無言でじりじりと後ずさった。
『失敗だった』女はうつろな眼差しをおれに向けたまま、
熱に浮かされたような声でつぶやいた。
『あの子と共にいこうと思って、海に入ったけれど、駄目だった。
あの子はいったのに、わたしだけが残ってしまった。
どうしよう。わたし一人じゃいけない。
ねえぼうや、一緒にいってくれる?
ねえ、一緒にいってくれる?』
そう言って、女はゆっくりとおれに手をのばした」
「……おまえ、どうして……」
「どうしておれが知ってるのかって?
誰にも話したことのないはずの、おまえの過去の記憶を」
「まさか……」
「そうさ。あの浜辺に立っていたのは、おれの母親だったんだ」
「嘘だ、そんな……」
「だから、おれはおまえなんだよ。そして、おまえはおれなんだ」
「じゃあ、あの時溺れたのは……」
「早く突き落とせよ。でなけりゃ目を閉じろ。おれはどちらだってかまわないんだ、本当に」
「…………」
「……ねえ竹田くん、思い出せたら聞かせてほしいの。あの夜の転落事故のこと」
「竹田? 先生、誰ですかそれ」