佐野先輩は、溜息をついていた。
先輩は最近結婚したばかりで、幸せの絶頂のはずなのに。
「どうしたんですか?」と尋ねると、彼は「義娘の言葉がわからないんだよ。」と答える。
先輩の結婚した女性にはクリスさんという娘さんがいて、その娘さんの方言が凄まじいらしい。ズーズー弁というか、東北訛りが度を越して酷過ぎるというか。
何でも、言葉が全て「ウ段」になってしまうとか。
つまり、「いただきます。」と言えば彼女の場合「うつづくむす。」になってしまうし、「ごちそうさまでした。」と言いたくても「ぐつすうすむづすつ。」になるようだ。
でも、そんな佐野先輩もようやく彼女の言葉がわかってきたようだ。
ある日、先輩は娘に自己紹介してもらった♪ と喜んでいた。
何でも、思い切り義父である彼を睨みつけ、指を突きつけながら、その佐野クリスさんはある言葉を何度も何度も叫んでいたらしい。
勿論、例の方言で最初は何を言っているのかわからなかったけれど、先輩は暫く考えてようやく理解したらしい。
「佐野クリス」。彼女は、自分の名前を只管言い続けていたのだと。