子供の頃は幸せだった。父の趣味でジュークボックスがあったのを鮮明に覚えている。
真冬には寒がりの俺に、裏地が二重のジャンパーを母が繕ってくれた。いい両親だっ
た・・。俺はそんな幸せを、21歳の時に些細な喧嘩で壊してしまったのだ。そして転機
は今年が明けたばかりのある日、訪れた。俺は薄ら寒い七畳半の部屋でただゴロゴロしな
がらだらけた時間を過ごしていた。唯一の存在だった18歳の彼女にフラれ完全に鬱だっ
た。親と喧嘩して飛び出してもう四年、バイトで食いつないではいたものの、社会的
にも死んでいるも同然の状態。友達もいない。だから、そんな俺の部屋、16号室のチャ
イムは当然ほとんど鳴ることが無い。だがその日は続けて五回も鳴らされた。そうい
えば昨日もおとといも鳴ってたな、どうせろくな用じゃないと思って出なかったが・・
・。俺のとこに来訪者などいないし。そう考えているともう一度鳴った。しかたがな
いのでインターホンを取ると、武士のごとく厳しい顔をしたお兄さんが映っていた。俺
宛に両親から宅配物が届いているという。今日で来るの3回目なんですよ、といかつく
言われた。両親から贈り物だって??そんなことありえない。だが彼の苦労を重視し
て出ておいた。見ると差出人はたしかに両親だった。なんだと思って開けてみると15mm
程の海で取れる貝殻と、手紙が入っていた。手紙は十行くらい。「久しぶりですね。あ
なたのことが気がかりで手紙を書きます。慎二、今までいろいろあったけど私たちはあ
なたのことを愛しています。いつまでそっちにいるつもりですか?パチンコばかりやっ
てあんまり仕事のあてが無いならこっちに来てはどうでしょう。地元でも年じゅう七丁
目のお店でスロットやってたものね。でもいいんです。あなたはもう十二分に頑張りまし
た。冬の九木湾の海は綺麗ですよ。いつでも待っています。」読み終わって俺はしば
らくぼう然としたが、直後に大声を出して号泣した。13日の契約更新でバイトはやめ
よう・・。そして両親と静かに暮らそう。そう思った。裏地を二重にしたジャン
パー・・23の時に自分で縫えるようになったんだ。ちゃんと着ていくよ