まぁ、世の中には色々なマニアがいるものだ
そんな事を思ったのと同時に恐怖を感じた事がある
あれは俺が小学校高学年の頃だったから今から10年位前かな
近所に「写真屋さん」って呼ばれてる50歳代と思しきオッサンがいたんだ
でも、これは親しみを持った呼び名ではなく
軽蔑を込めた呼び方だってのはあとから知るんだけどね
ある日、一人でリフティングをやって遊んでいると
「写真屋さん」の家にサッカーボールが転がっていってしまったんだ
特に怖いという印象は無かったから抵抗は無かったんだけど
考えてみれば生まれてから一回も「写真屋さん」の家には入った事が無かったから
ちょっと躊躇したんだよね。アウェーみたいな感じとでも言うのかな
思い切って中に入ると「写真屋さん」は洗濯を取り込んでたんだ
スイマセン・・・って中に入ると「写真屋さん」は二コリと笑ってどうしたんだい?って聞いてきたんだ
実はボールが入っちゃったんですけど・・・知りません?って聞くと
裏口の方に行ったのかな?って特に怒る事も無く一緒にボールを探してくれたんだ
で、すぐにボールは見つかったんだよね
礼を言って帰ろうとすると、「写真屋さん」は麦茶でも飲まないかい?
って言ってくれたからお言葉に甘えたんだ。母親からは他人の家でむやみに
ご馳走になっては駄目って言われてたんだけどさ。暑くて喉が渇いてたんだろうな
麦茶のコップを交わしながら俺は「写真屋さん」と初めてと言っても差し支えないくらい
よく喋ったんだよね。俺の事、俺の周りの事、くだらない世間話etc
そのうちに「写真屋さん」も自身の事を語り始めた
‘オジサンはある物を集めているんだ’ってね
そんな事を言いながら俺をある部屋に連れて行こうとするんだ
躊躇う俺を見ながら「写真屋さん」は別に何かするわけじゃないから大丈夫だよ、と
笑いながら俺を見るんだ。コレクションを自慢したいんだ、とも言っていた
そこで、俺は「写真屋さん」に付いて行く事にしたんだ
「写真屋さん」は北側にある部屋の前で立ち止まった
そこはふすまで閉じられてて中は見えなかったんだよね
不思議な顔をしてふすまを見ている俺に向かって「写真屋さん」は
コレを見せるのは久しぶりだなぁ、なんて嬉しそうに俺に話しかけてくるんだ
何なのか気になった俺は「写真屋さん」に早く見せてよ、とせがんだんだ
「写真屋さん」はニコニコしながらふすまを開けてくれた
そこは10畳ほどの結構広い部屋になってたんだけど・・・俺は足がすくんだよ
部屋の壁にビッシリとある物が飾られていたんだよね・・・何だと思う?
遺影だよ、遺影。あの仏壇の中とか横とか上とかに飾られてるあの写真
それが何も無い部屋の壁にビッシリと飾られているんだ。100枚はあったかな
爺さんもいれば婆さんもいる。若い女の人もいれば子供もいる
俺は軽く眩暈がしつつも「写真屋さん」に聞いたんだよね
ここに飾ってある人って全部親戚か何かの写真なんですか?って
そうしたら「写真屋さん」笑いながら‘この写真の人達なんて知らないよ’って答えるんだ
俺はすぐさま「写真屋さん」に聞いたんだ。じゃあこの写真はどこから集めたのか、と
そうしたら「写真屋さん」‘無人になった廃屋から拝借してるんだ’って言ったんだ
泥棒じゃないの?と俺が問うと、持ち主がいないんだから・・・とお茶を濁してきた
何て言うんだろうか・・・?遺影ってのは言ってみれば死んだ人間の生きてました、っていう証拠だ
コレがあれば昔は生きていたんだろうし、コレがあることによって死んだ事が確認されている
あの部屋は死者の部屋だ。あの部屋に入ると死んだ人間が一斉にこっちを見る
何も言わないが何か言っているようだ。俺はクラクラしながら部屋を出た
「写真屋さん」は最初、自分の奥さんと娘さん(何で亡くなったのかは知らないけど)の遺影が
ポツリと広い部屋の中にあるのは寂しいだろうという事で様々な種類の遺影を集めたんだそうだ
そのうちに本来の趣旨とは外れていってただ単に遺影集めに没頭するようになったんだってさ
「写真屋さん」の家から帰る途中、もう一つある事を考えていたっけか
人間なんていつかはあの額縁の中に納まっちゃうのか・・・ってね
あれから10年くらい経ったけど、俺も「写真屋さん」もまだ額縁の中には入っていない
それはそれでいいんだけど・・・「写真屋さん」のあの部屋ってどうなってるのかな
2年前かな。増築してたっけ。最近じゃ俺の町にも新しい人が多くやってきて住んでるから
「写真屋さん」の家の事も「写真屋さん」っていう呼び名すらも知らない人が増えてきてるんだろうな
そんな新規の住人はみんな不思議がってたっけ。何で独り暮らしの老人が建て増しなんかするのか、ってね
俺含めて、古参の住人は何となく分かるけど何も言わないようにしてるよ・・・